格差社会に比べればチャンスが平等の学歴社会はまだマシだ

学歴社会とは

学歴社会とは、対象となる人物を判断する際に、その人が「何を学んだか」ではなく、「どの教育機関の出身者か」という偏った判断、過剰な信頼をする社会構造のことです。ぶっちゃければ高学歴な人はみんな優秀で偉く、学歴が無い人・低学歴な人はみんな総じて頭が悪く偉くないといった偏った判断がされる社会です。日本の企業の多くは、高校卒業者と大学卒業者の待遇において非常に差があるといことからも、学歴による偏見がなされていることがわかります。

学歴格差:学歴による偏った判断が日本の企業でもされている

特に日本の学歴社会においては最終学歴が重視されることが多く、一般的には 「どこの大学の出身か?」 ということが最重要視されていました。不思議なことに日本の学歴社会では、4年生大学卒業の学士号にのみ注目がいき、その上の大学院修士課程・博士課程で取得できる修士号・博士号にはあまり注目されないといった特徴があります。村社会構造が強い日本民族においては、みんなが知っているブランド力に頼る傾向があるのです。そのため自分の学歴を偽っていた政治家や芸能人も大勢います。ある政治家はアメリカまで証明しに行って、偽装であることが発覚して自滅した人もいましたが、それだけ学歴というのが重視されているのが学歴社会の特徴です。

 参考:超学歴社会の韓国

学歴社会がもっともひどいのはお隣の 韓国です。よく学歴社会のニュースが出てくるので知っている人も多いでしょう。2007年には予備校と学校との癒着が問題となり、その予備校の合格した生徒が不合格にされて親たちが泣き叫んだ画面を見たことがあるでしょう。韓国の学歴社会は日本のとはレベルが違います。韓国は日本以上に格差社会&階級社会が形成されていて、財閥系の大企業か、公務員になれないと一生負け組が確定してしまう社会となっています。 「受験に失敗すること = 負け組確定」 というすさまじく極端な理論がまかり通っているのです。そのため親たちは死に物狂いで子供を有名学校へ行かせようとするのです。

韓国で有名学校の不合格が決めることはすなわち、残りの人生が負け組に決定してしまうことを意味する

余談ですが、たとえ受験戦争を勝ち抜いても手放しでは喜ぶことはできません。韓国では日本以上に就職氷河期が続いており、新卒の正社員の職などはまずありません。ほとんどが非正規の職であり、韓国は労働者の実に50%以上が非正規の国なのです。そのため就職できれば、むしろラッキーというレベルであり、若者の中で大企業へ就職できるのはわずか5%ほどになってしまうのです。つまり韓国では5%の勝ち組と95%の負け組の構図が完全にできあがっています。この話は他人事ではすみません。現在、日本も格差社会化がすさまじい早さで進行しており、非正規の人も35%に達しました。さらに中国・インドなどの新興国へどんどん仕事を奪われて、大企業は労働者を奴隷のように扱いはじめました。日本も韓国のような、超格差社会、超階級社会となる可能性が非常に高いのですよ。

高度経済成長期は学歴社会だった

教育ママ日本でこの学歴社会がひどかった時代が高度経済成長期です。この時代は企業は、とにかく労働力が欲しいので人を探していました。しかし闇雲に雇用してしまうわけにはいきません。そこで採用する人間を選別する際にひとつのバロメータとなっていたのが学歴です。特に全国的に知られる有名4年制大学は、幅広い人に通用する基準であったので、有名4年制大学を卒業することがブランドとなっていきました。

そのため、この時代の親たちはとにかく子供を有名大学へ行かせてブランドをつけようと激しい教育を行い、結果として有名な大学には受験者が殺到したために受験戦争や教育ママといった言葉がはやりだしました。しかし、あまりにもその学歴社会がひどく社会問題にまで発展したため、この学歴社会をなんとかしようと ”ゆとり教育” を始めます。

ゆとり教育によって教育格差が始まった

社会問題にまで発展した学歴社会をどうにかしようと政府はゆとり教育を促進し、 「勉強しなくてもいいよ」 との政策を進めました。しかしこの政策は結果としてみなさんご存知の通り、公立学校の腐敗や教師の質の低下、すさまじい学力の低下と勉強への意欲の低下を招き、分数の計算ができない大学生や尊敬語と謙譲語の違いがわからない社会人などを生み出しました。そのような無知な状態で社会に出た若者たちは、ずる賢い政府や経営者に搾取され、ひどい雇用格差、所得格差に陥ります。

これに危機感を感じた親たちは、子供たちを有名学校へ進学させようと再び受験戦争を始め、競争が激しく教育費も高額になり始めました。しかし、ゆとり教育によって無知なまま親になってしまった人たちは、所得を上げる術を持たないために高額な教育費を払うことができなくなりました。結果として、高額な教育費を払うことができる親の子だけが、有名学校に行けて、ブランドを得ることができる教育格差が生じることになります。

学歴社会は階級社会より ”まだマシ”

学歴社会は 「どの教育機関の出身者か」 という偏った判断をするいやな社会構造でした。しかし学歴は自身の努力と能力で入手できるため、階級社会のように最初から結果が決まっている社会とは違い、全員に ”受験” というチャンスの平等が与えられています。そのため学歴社会は 「個人の努力によって取得可能な社会的メリットの証明」 であるという点においては格差社会や階級社会よりは、はるかにマシな社会構造ともいえます。

学歴とは、今の日本においても個人の努力によって取得可能な勝ち組への切符であることはいまだ変わりません。その証明は 「ドラゴン桜」 を読んだことのある人ならわかるでしょう。 ”東大卒” というブランドは、日本社会においても就職、転職、自己アピールなどあらゆる面において絶大な付加価値を見出してくれます。東大卒のフリーターがいるとか言われますが、国家公務員や司法試験合格者は圧倒的に東大生が占めているのです。

別に東大に限った話ではありません。現在では昔よりも学歴の取得が容易になっており、大学生や社会人になってからも大学へ入りなおすことはいくらでもできます。あの大仁田さんも歳をとってから早稲田大学に入りなおして学歴をレベルアップしました。また大学だけでなく大学院への進学もかなり楽になっており、現実を突きつけられた大学生などはZ会のような実力のある学校に通いつめ、大学院などへ進学しようとしたり、金になる資格を取ろうと躍起になっているのです。「お金が無い・・・」 とか言われそうですが、LECオンラインなどでは分割払いができて月に数千円程度の負担できるため、資金不足は理由にはなりません。最終学歴や 「高卒」 や 「三流大学」 より 「大学院」 のほうが明らかに有利になるのは至極明白です。

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