ジンバブエのハイパーインフレはムガベという独裁者によって引き起こされた

ジンバブエのハイパーインフレでお札が紙くずに

【インフレとは何か】
インフレとはインフレーションという経済用語の略であり、物価が上昇し通貨の価値が下がっていく状況のことを指します。そのインフレですが、度を越して物価が上がり続けてしまうことをハイパーインフレーション、ハイパーインフレといいます。このハイパーインフレ状況下においては通貨の価値が無きに等しいほど下がってしまうため、紙幣などはほとんど紙切れ同然の価値にまで下がりきってしまいます。

【どんな国に起こるのか】
このハイパーインフレは経済の崩壊によって頻繁に起こり得ることであり、第一次世界大戦後のドイツ帝国では1兆倍、帝政が終わったロシア帝国などでは600億倍のインフレが発生し、日本においてもやはり戦後において100倍以上のインフレが起こり、丁度この頃にあの預金封鎖と新円切替も実施されています。こうしてみてみると、ハイパーインフレといってもほとんどが戦争における経済の混乱時に起こっており、現代においては無縁であると思われがちですが、まさにその現代21世紀においてもハイパーインフレが起こっているのです。それはアフリカのジンバブエで実際に起っていました。

【ジンバブエで起こったハイパーインフレ】
アフリカの小国ジンバブエにおいては自国通貨:ジンバブエドルが流通していました。このジンバブエドルは、政府の経済政策の失敗や混乱においてその価値が暴落して、経済はハイパーインフレを引き起こしました。もともとアフリカのような後進国においては総じてインフレが起こりやすく、ジンバブエも数百%のインフレが起こっていました。1年で物価が数倍になるということです。しかし2007年頃からそのインフレが急激に加速、1年で物価が数倍になっていたのが1ヶ月で数倍になるという速度で加速していったのです。こうなるともう人々は価値が下がる前にジンバブエドルを手放して物を買おうとしたり、外貨へ両替しようとします。その動きが加わってインフレはさらに加速しました。この時、在ジンバブエアメリカ大使は年末までにインフレ率1,500,000%に達するとの予測を出しています。もうわけがわかりません。さらにジンバブエ政府は、インフレ率の公表を取りやめると発表、事実上さじをなげたのです。

ジンバブエのインフレ率
1980 7% 1995 28%
1981 14% 1996 16%
1982 15% 1997 20%
1983 19% 1998 48%
1984 10% 1999 58%
1985 10% 2000 56%
1986 15% 2001 132%
1987 10% 2002 139%
1988 8% 2003 385%
1989 14% 2004 624%
1990 17% 2005 586%
1991 48% 2006 1,281%
1992 40% 2007 66,212%
1993 20% 2008 355,000%
1994 25% 2009以降 あきらめた

コレ以降、ジンバブエ政府のインフレ率公式発表がなくなり、正確なインフレ率を調べることはできなくなりました。そのため民間調査によるデータばかりになりますが、2008年1月のインフレ率が100,580.2%、2008年2月のインフレ率は164,900.3%、2008年6月にはインフレ率4000万%、7月のインフレ率は3億%、8月はのインフレ率は6億%、11月にはインフレ率は年率換算で897垓%に達していると言われていました。もうめちゃくちゃになっているので、誰も正確なインフレ率を調べることができなくなっていきました。2009年1月にはインフレ率は年率6.5×10の108乗(6,500,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000, 000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000)%であると報じた。当時の人達は山のようにジンバブエドルを抱え込んで買い物に出かけていましたが、こんだけあっても全然買い物ができないほど通貨の価値は暴落していったのです。

【デノミで通貨の単位を切り下げる】
政府も何もしなかったわけではありません。苦肉の策として通貨の流通を抑えたり、通貨の単位を切り下げるデノミネーションを何度も行ったりしました。2006年8月には最初のデノミが行われジンバブエ・ドルは3桁切り捨てられました。2008年8月、インフレが異次元の状況に入ってくる中で、再びデノミネーションを実行、ジンバブエ・ドルは10桁切り捨てられ、100億ジンバブエドルを新1ジンバブエドルにしました。そのわずか半年後の2009年2月には1兆ジンバブエ・ドルが新1ジンバブエ・ドルになる12桁のデノミネーションを実施しました。3度のデノミが行われて、もう最初のジンバブエドルからいくら0が増えたのか誰も気にしなくなりました。

【歴史的な100兆ジンバブエドル札発行!】
こんな状況下ですからジンバブエドルがいくらあっても足りません。ジンバブエ政府は仕方なく単位の大きなジンバブエ紙幣をどんどん発行していきました。そして刷っても刷ってもキリがなく、どんどん単位の大きな紙幣が作られていって、最終的には下記の100兆ジンバブエドル札までいきついてしまいました。ミリオン、ビリオンときて、トリオンまでいったのです。この100兆ジンバブエドル札、おもちゃのお金でしか見ないような0の数の多さですが、実際はそのおもちゃのお金よりも低い価値しかなかったもようです。日本円に計算すると、この100兆ジンバブエドル札で、1円にもならないとのこと。当時では0.3円ほどの価値があるという話もありましたが、もうおもちゃのお金のほうが100兆倍マシに思えるような、まさしく紙くずになってしまいました。

そして2009年にはジンバブエドル自体の流通が停止。ジンバブエドルは発行されなくなり、悪しき歴史だけが残ることになりました。

「ジンバブエ驚愕の100兆ジンバブエドル インフレで無茶苦茶に 池上彰」
 

「ジンバブエドルの軌跡」
 

ジンバブエとはかつてアフリカの穀物庫と言われてた

このどうしようもない超ハイパーインフレを引き起こしてしまったジンバブエは、アフリカの南のほうにある内陸国です。すぐ南に有名な南アフリカ共和国があります。ジンバブエは19世紀は欧米の帝国主義によって他のアフリカ諸国と同じようにイギリスの植民地となっていましたが、1965年にはローデシア共和国の名前で独立を宣言、実際にジンバブエとして独立したのは1980年です。実はこのジンバブエ、かつては「アフリカの穀物庫」と呼ばれるほどの農業国家であり、また金、プラチナ、レアメタルなどの鉱物資源にも恵まれている、自然は豊かな国でした。インフラも整備されて、工業、農業、鉱業とバランスの取れた国だったのです。しかしアフリカ国にありがちなように、この国も政治がすべてを悪くしていきました。

ジンバブエはイギリスの植民地でした。当然白人であるイギリス人やその近い存在である白人たちによって国内の牧場を始めとした国土のほとんどは支配されていて、他の住民には住民達は先祖墓参りの自由すらないくらいの厳しい統治下に置かれていました。隣国の南アフリカ共和国がやっていたアパルトヘイトのようなことがここでも平然と行われていたのです。ただその白人たちによってインフラは整備され、農業や工業や鉱業などの産業が発達し、ジンバブエ経済を支えていました。しかし1960年のアフリカ独立運動時代において、白人政府と黒人の独立運動によって内戦が勃発、黒人が勝利して黒人政府が作られます。ここで政権に付いたのが現大統領ロバート・ムガベです。このムガベ大統領こそがこのハイパーインフレの ”主犯” でもあります。

ムガベ大統領の愚策によって経済崩壊、ハイパーインフレへ

【独裁者ムガベ】
ムガベ大統領は大統領に付いてから一度も職を辞さない独裁者として君臨していきました。最初こそ白人と黒人の融和政策を実施していって、経済も順調に推移しアフリカ最高の識字率と最低の乳幼児死亡率国家となり、奇跡とまで言われました。しかし徐々に独裁の色が強くなっていきます。1999年には近隣国のコンゴ民主共和国の内戦に1万人の軍を介入させますが、目的はコンゴにあるムガベ一族所有のダイヤモンド鉱山を守る事や、それらのダイヤモンドのほか銅や金など、コンゴの地下資源を狙うことにありました。軍隊を国のためではなく、一個人の私情で動かしていたのです。当然反対運動がコンゴの都市部を中心に活発に起き、派兵直後にはそのコンゴの大統領が暗殺されるなどコンゴ派兵は混乱を招きますが、ムガベ大統領はコンゴ内戦への派兵にさらに専念していったため、ジンバブエの経済や医療、教育などが悪化していきました。

【白人の農場を強制徴収】
この経済の混乱における対策として、ムガベ大統領は2000年8月から白人所有大農場の強制収用を政策化し、協同農場で働く黒人農民に再分配する「ファスト・トラック」という政策を実施します。これは白人地主がもっていた農場を強制的に政府が取り上げ、黒人に分配するというトンデモナイ愚策でした。ジンバブエはイギリス統治の時代の名残が続き、多くの産業は白人が支配していました。確かにこれにより白人が黒人を支配していましたが、経済を支えていたのも白人たちです。それを政府が強制的に奪い取るんですから白人たちはたまったものではありません。当然ビジネスを辞めたり、他の国へ出てってしまう人たちが相次ぎました。ジンバブエ経済の根幹を支えていた人たちがいなくなってしまうのですから産業は衰退どころか停止してしまいます。農場を奪い取ったといっても黒人たちはなんのノウハウも知識もありません。ビジネスをすることも、産業を作ることもできません。結果、ジンバブエの経済は根本的に崩壊、農業も壊滅になったことから食糧不足になってしまいました。

【モノの価格を政府が強制的に半額にする】
そして経済にトドメを指したのが2007年6月に出された価格統制令です。これはインフレ対策として政府が、「ほぼ全ての製品・サービスの価格を強制的に半額にする」というものでした。これはもう何もかもが上手く行きません。安く買えるから消費者はいいじゃないかと思った人もいるかもしれませんが、物を作るメーカーや販売者側は全く儲からなくなるどころか大赤字を出してビジネスは破綻します。この政策によってメーカーはものを売るどころか、作ることそのものを辞めてしまい、ジンバブエ経済は深刻なモノ不足に陥りました。加えて他にも外資系企業の株の過半数を無償譲渡しろという政策も実施します。こんなことをすれば経済の最後の支えであった外資系企業も撤退します。産業崩壊ですね。ちょうどこの頃からインフレは異次元の加速をしていきます。

ムガベによる長期独裁政権による不満、経済を支えてきた白人追い出しによる食料不足、メーカーの事情をガン無視した価格統制令による物資不足、外資系企業撤退による職不足、これらか相まってジンバブエ経済はとにかくモノ不足になります。当然数少ないモノの物価は跳ね上がっていき、相対的に通貨は暴落していきます。それを止めることももはやできなくなった後は、天文学的なハイパーインフレが続いていくのをもう見てるしかありません。このような独裁者による経済を無視した超愚策の数々によって、ジンバブエ経済は破綻、ジンバブエドルの価値は地に落ちてハイパーインフレが引き起こされたのです・・・。現在ジンバブエの経済は破綻状態、治安は凄まじく悪く、女性の平均寿命は1990年の62歳から現在では34才と半分になり、外資系企業の撤退もあって国民の80%が失業、子どもの4分の1が孤児です。そして成人の5人に1人がHIVに感染していると、もう世紀末の状態です。しかし当のムガベは120万ドルの豪華誕生パーティーを計画したり、香港に600万ドルもの豪華な邸宅を購入したりと、独裁者としてやりたい放題です。自然豊かな国ジンバブエは、一人の独裁者によって21世紀最大の超ハイパーインフレを引き起こし、国家を崩壊させられたのです。

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